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最高裁判所第3小法廷令和3年5月25日判決

このページでは、最高裁判所第3小法廷令和3525日判決(民集7562935頁)について紹介する。


  • はじめに

最高裁判所第3小法廷令和3525日判決は、補償的損害賠償及び懲罰的損害賠償の支払を命じた外国裁判所の確定判決に基づく当該外国での強制執行による債権回収の結果として賠償債務の一部が弁済された場合における日本での当該弁済の効力について初めて判断したものとして意義がある。なお、最高裁判所第2小法廷平成31年1月18日判決の事案と同様のものである。


  • 事案の概要

<当事者>

Xは本店をアメリカ合衆国カリフォルニア州におき、カリフォルニア州において日本食レストランを運営する会社である。

Yは本店を大阪府大阪市におき、不動産売買に関する各種業務を行う会社である。

<カリフォルニア州>

Xは、YがXの企業秘密を持ち出した等と主張して、カリフォルニア州オレンジ郡上位裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した。

オレンジ郡上位裁判所は、Yに対し、補償的損害賠償として約185000ドル及び懲罰的損害賠償として約9万ドルの支払を命ずる判決(以下「本件オレンジ郡判決」という。)を言い渡し、その後、本件オレンジ郡判決は確定した。

Xは、本件オレンジ郡判決に基づく強制執行による債権回収を行うために、Yがその関連会社に有していた債権についてのXへの転付命令をオレンジ郡上位裁判所に申し立て、その後、転付命令(以下「本件オレンジ郡転付命令」という。)が発付された。

Xは、本件オレンジ郡転付命令に基づいて約135000ドルの弁済を受けた。

<日本>

その後、Xは、本件オレンジ郡判決に基づく強制執行による債権回収を行うために、大阪地方裁判所に執行判決請求訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起した。

本件訴訟において、Xは、本件オレンジ郡転付命令に基づく約135000ドルの弁済について、補償的損害賠償である約185000ドルか懲罰的損害賠償である約9万ドルかのいずれの部分に充当されるのかという問題は存在せず、両者の合計額である約275000ドル全体への充当を承認するべきである旨主張した。

仮に、Xの主張のとおりの処理(以下「全体充当承認法」という。)がなされる場合には、残額として約14万ドル(=約275000ドル-約135000ドル)についての執行判決が言い渡される。この場合、Xは日本において約14万ドルの債権回収を行い得るという点で、Xにとって有利となり、Yにとって不利となる。

他方で、本件オレンジ郡転付命令に基づく約135000ドルの弁済について、懲罰的損害賠償への充当を承認せずに補償的損害賠償への充当を承認するという処理(以下「懲罰的損害賠償充当非承認法」という。)による場合には、残額として約5万ドル(=約185000ドル-約135000ドル)についての執行判決が言い渡される。この場合、Xは日本において約5万ドルの債権回収を行い得るに留まる点で、Xにとって不利であり、Yにとって有利となる。


  • 下級裁判所の判断

<大阪地方裁判所>

大阪地方裁判所平成281130日判決(民集73117頁)では、補償的損害賠償と懲罰的損害賠償とは別個独立のものであり、本件オレンジ郡転付命令に基づく約135000ドルの弁済について、懲罰的損害賠償である約9万ドルへの充当を承認するとする場合には、日本において懲罰的損害賠償を認めるのと実質的に異ならない結果となる旨判断され、懲罰的損害賠償充当非承認法が採用された。結局のところ、Xの主張は認められなかった。

<大阪高等裁判所>

大阪高等裁判所令和元年104日判決(民集7562949頁)では、大阪地方裁判所の判断が不当である旨判断され、全体充当承認法が採用され、Xの主張が認められた。


  • 最高裁判所の判断

最高裁判所第3小法廷令和3525日判決(以下「本件最高裁判決」という。)では、以下①及び②のとおり、大阪高等裁判所の判断が不当である旨判断され、懲罰的損害賠償充当非承認法が採用され、Xの主張は認められなかった。

①「民訴法1183号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分(以下「懲罰的損害賠償部分」という。)が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合、その弁済が上記外国裁判所の強制執行手続においてされたものであっても、これが懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることはできないというべきである。なぜなら、上記の場合、懲罰的損害賠償部分は我が国において効力を有しないのであり、そうである以上、上記弁済の効力を判断するに当たり懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず、上記弁済が懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されることはないというべきであって、上記弁済が上記外国裁判所の強制執行手続においてされたものであっても、これと別異に解すべき理由はないからである。」

②「前記事実関係によれば、本件弁済は、本件外国判決に係る債権につき、本件外国裁判所の強制執行手続においてされたものであるが、本件懲罰的損害賠償部分は、見せしめと制裁のためにカリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じたものであり、民訴法1183号の要件を具備しないというべきであるから(最高裁判所第2小法廷平成9711日判決(民集5162573頁参照))、本件弁済が本件懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されたものとして本件外国判決についての執行判決をすることはできない。そして、本件外国判決のうち本件懲罰的損害賠償部分を除く部分は同条各号に掲げる要件を具備すると認められるから、本件外国判決については、本件弁済により本件外国判決のうち本件懲罰的損害賠償部分を除く部分に係る債権が本件弁済の額の限度で消滅したものとして、その残額である50635.54米国ドル及びこれに対する利息の支払を命じた部分に限り執行判決をすべきである。」


  • 解説

<懲罰的損害賠償>

懲罰的損害賠償(punitive damages)は、悪質性の高い不法行為を行った加害者に対し、被害者に現実に生じた補償的損害賠償(compensatory damages)とは別に、さらなる損害賠償の支払を命ずることにより、加害者に制裁を加え、将来における同様の行為を抑止しようとするものである。

カリフォルニア州等のアメリカ合衆国各州では、イギリス法の考え方を継承し、懲罰的損害賠償が制度として認められている。

<従前の判例>

日本では、最高裁判大法廷所平成5324日判決(民集4743039号)で、日本の損害賠償制度は、加害者への制裁や将来における同様の行為の抑止を目的とするものではなく、被害者に現実に生じた損害を補償することを目的とするに留まるものである旨判断され、懲罰的損害賠償は認められていない。

また、最高裁判所第2小法廷平成9711日判決では、補償的損害賠償及び懲罰的損害賠償の支払を命じた外国裁判所の確定判決に基づく強制執行による債権回収を行うために日本の裁判所に執行判決請求訴訟が提起された事案について、外国裁判所の確定判決のうち懲罰的損害賠償の支払を命じた部分は、日本の損害賠償制度の基本原則や基本理念と相容れないものである旨判断された。

<執行判決>

執行判決とは、外国裁判所の確定判決に基づいて日本で強制執行による債権回収等を行うために必要となる判決であり、外国裁判所の確定判決の日本での有効性判断を民事訴訟法118条により別途判断することが必要となる(民事執行法24条)。

なお、日本裁判所の確定判決に基づいて日本で強制執行による債権回収等を行う場合には、執行判決は不要である。

<本件訴訟>

本件訴訟の事案は、外国裁判所の確定判決に基づく当該外国での強制執行による債権回収の結果として賠償債務の一部が弁済された場合における日本での当該弁済の効力が問題となっている点で、最高裁判所第2小法廷平成9711日判決とは異なる。

本件訴訟では、大阪地方裁判所平成281130日判決で懲罰的損害賠償充当非承認法が採用された一方で、大阪高等裁判所令和元年104日判決では全体充当承認法が採用され、最高裁判所の判断が注目されることとなったが、本件最高裁判決では懲罰的損害賠償充当非承認法が採用されるに至った。

最高裁判所としては、弁済の効力という局面においても、懲罰的損害賠償が認められない旨の従前の判断を一貫させたこととなる。

<実務的影響>

実務的には、本件最高裁判決により、補償的損害賠償及び懲罰的損害賠償の支払を命じた外国裁判所の確定判決に基づく強制執行による債権回収を検討する場合には、外国での強制執行による債権回収と日本での強制執行による債権回収との順序に留意しなければならないという点で影響がある。

例えば、仮に、Xが本件オレンジ郡転付命令に基づく約135000ドルの弁済を受ける前の時点で、日本においてYに約14万ドル相当の財産があることが判明していたとする。

この場合において、カリフォルニア州で強制執行による債権回収を行った後に日本で強制執行による債権回収を行うときには、Xが行い得る債権回収額は、理論上、全体で約185000ドル(約135000ドル+約5万ドル)となるに留まる。

他方で、日本で強制執行による債権回収を行った後にカリフォルニア州で強制執行による債権回数を行うときには、Xが行い得る債権回収額は、理論上、全体で約275000ドル(約14万ドル+約135000ドル)全額となる。

したがって、日本で強制執行による債権回収を行った後にカリフォルニア州で強制執行による債権回数を行うのが妥当である。

<補足>

本件最高裁判決では、「懲罰的損害賠償部分は我が国において効力を有しないのであり、そうである以上、上記弁済の効力を判断するに当たり懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず、上記弁済が懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されることはない」旨判断されたが、民事訴訟法118条の趣旨を誤認するものであるとの批判がある。

そもそも、民事訴訟法118条の趣旨は、外国裁判所の確定判決について、承認する場合には、外国裁判所の確定判決が日本でも効力を有するが、承認しない場合には、外国裁判所の確定判決が日本では効力を有さず、かつそれに尽きるというものである。

したがって、承認しない場合には、外国裁判所の確定判決が日本で効力を有しない旨判断することができるに留まり、これを超えてさらに実体的問題について判断することはできない。

その意味では、「上記弁済の効力を判断するに当たり懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず」という部分は不適切である。


  • 参考文献

・村上正子「民訴法1183号の要件を具備しない懲罰的損害賠償の支払を命じた部分が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について、判決国で強制執行により一部債権が消滅した場合の、わが国における執行判決の範囲」速報判例解説31181頁(2022年)

・多田望「民訴法1183号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分が含まれる外国判決に係る債権について弁済がされた場合に、その弁済が上記部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることの可否」速報判例解説30329頁(2022年)

・渡辺惺之「外国の損害賠償判決が理由を伴う懲罰的賠償を含み、同国内で一部が弁済された場合の執行判決」ジュリスト1566174頁(2022年)

・濵﨑録「懲罰的損害賠償が含まれる外国判決に対して弁済があった場合の執行判決を求めることができる範囲」法学教室496129頁(2022年)

・鷹野旭「民訴法1183号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合に、その弁済が上記部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることの可否」ジュリスト1565109頁(2021年)

・エルバルティ・ベリーグ「公序(2)―懲罰的損害賠償」別冊ジュリスト256号(2021年)